カテゴリー: 日本の探偵小説
「探偵小説四十年」その四
第二次世界大戦は西洋文化を遮断してしまったので「日本国内の西洋探偵小説空白時代」を引き起した。敵国の物は悪だったのだ!
まず、昭和十二年位から二十年位まで洋書は手に入りづらかった。終戦後はアメリカ兵が残していった本が神田の本屋やアメリカ軍が開いてくれた図書館に多数残っていたが、昭和二十一年にはその神田の本屋で(どういう理由でか)進駐軍の本を売買出来なくなってしまった。又、洋書を個人輸入も出来ない時代だった。
終戦後はそういう状況の中、かき集めた英語探偵小説を乱歩は餓えた人のごとく恐るべきスピードで読んでいる。通常の人は母国語でもそんなに読めないと思いそうな勢いである。

昭和二十一年には翻訳が難しくなってきた。古い作品も含め無断翻訳が許されなくなってきたのである。許可を得ても印税を払う手段が無いのである。その頃乱歩もアイリッシュの「幻の女」に心酔しており翻訳を手掛けようとしていた。しかし、その話も結局立ち消えになってしまった。おしい事である。昭和二十四年末あたりに翻訳契約代理業をする会社が現れてから後、探偵小説の翻訳も復活したのである。
こういう反面、日本国内の探偵小説は出版ブームを引き起こした。理由の一つは大衆が好む時代物小説を占領軍が禁止したためである。探偵小説はその代役になったのだ。大手出版社はまだ立ち直っていない時代だったので小出版社によるこのブームは一時的なものに過ぎなかったのだが...。この後、昭和三十年代に本格的に松本清張等の推理小説ブームが起るのである。
ところで、この「探偵小説四十年」の戦後は主なイベントの記録が続くので個人的には読物として面白く無い。読む方にとっては自己嫌悪、人間嫌悪のネガティブな乱歩の方が興味深いのである。(ゴメンナサイ。本人はシンドかったでしょうに...。)乱歩も戦前と違ってアクティブに日本探偵小説の発展の為、ドンドン人前で働くのである。各地での講演、座談会、随筆書き、「探偵作家クラブ」設立、新人作家の発掘と別人の様である。この事に関しては戦争体験が乱歩を良い方へ変えたのだ。小説も全く書かなかった訳ではないが「世に問いたいような創作が出来ない」と、本人が納得出来る出来ではなかったらしい。けれども、実際現代にも言える事だが、いったいどれだけの人が「世に問いたいような創作」をしているというのだろう?
昭和三十二年以降の追記の最も後ろに「創作力と蓄膿症の関係」を書いている。乱歩は子供時代より長年蓄膿症だった。手術も何回か受けている。それで、この病気が脳に影響するものかどうか真剣に考えているのである。本人にとって大切な創作力がある時枯渇してしまったと感じ、影響無しと結論付けたものの、自分の力がそこ迄と信じたくない。蓄膿症のせいに出来たらある意味「楽」だから考えが揺れ動くのである。他人からすれば笑い事だろうが、本人には重大事なのだ。
まあ、乱歩が長い年月をかけて書いた本についてちょっと読んでみただけの一般読者である私があーだこーだと言う必要は無いのだが、興味がある方にはぜひ読んでほしいと思ったのでつたない文で書いてみただけである。
-YS, 2006年3月28日
2006年3月28日
